平坦な声が、小難しい大昔の話を延々と語る。昼食後の血糖値が上がり切る時間帯に、日本史の授業というチョイスは禁忌。しかもお爺ちゃん先生が担当にもなれば、実質子守唄で寝かしつけられているも同然だ。
ゆらゆらと眠りに向かって船を漕ぐ頭を、どうにか現実に留めようと抗っていたけれど、そろそろ限界な気がする。
「っ!」
もう諦めよう、そう思った瞬間。息を呑む。
「ちょっと、びっくりするじゃん」
うっかりすれば叫びかねない驚愕を与えた張本人を振り返って睨みつける。真後ろの席に座る木葉は、頬杖をつきながらシャープペンシルを指先でくるくると回していた。
おそらくわたしの背中を辿ったのは、そのシャープペンシルだろう。
「いま寝そうだった?」
「ばっちり目が覚めました~」
先生に見つからないように声を潜めてやりとりをするも、先生の視線は教科書と黒板を行ったり来たりするだけで、こちらには見向きもしない。そのせいで、所々から健やかな寝息が聞こえてくる。
「なら成功」
目を細めた木葉が、あんまりにもやわらかく笑うから、なんだか気恥ずかしくなってくる。むずむずと身体を騒めかせる感覚に唇を引き結んで堪える。
「もうちょっと違う起こし方してよね」
「そもそも寝るなよ」
前に向き直ったわたしの背中に、ギリギリ届く笑い声。喉の奥で空気を優しく転がすだけの音が、ムズムズを加速させる。
どうにかその感覚から逃げようとシャープペンシルを握り直した途端、また背中を這う硬い感触。擽ったい。
「……いい加減に、」
文句を言おうと振り返りかけた体が硬直する。
「え……」
シャープペンシルの先が描いた軌跡は、勘違いでなければ平仮名二文字。シンプルなそれは間違う方が難しいけれど、素直にその二文字の込められた意味を飲み込みのは至難の業。
「これで寝れないだろ」
どろりと目尻を溶かした木葉のグレーみがかった瞳が熱っぽくわたしを捉える。
はくり、と一度空気を飲み込んで、絞り出せたのは間抜けな悪態だけだった。
「ばかじゃないの」