恋をしたのは必然だったと思う。
身一つで世界から追い出されて、大なり小なり毎日事件に巻き込まれて、大幅に異なる価値観の世界で生きる。過酷と行っても過言ではない。
そんな中、支えの手を差し伸べてくれる大人に、恋をしないはずがない。
「先生、お誕生日っていつですか?」
「俺の誕生日より、試験の日程を気にしろ」
恋をして一年目は相手にもされない。採点中のレポートに視線を落としたまま、赤い手袋をした手をシッシッと振った。
「せーんせ!お誕生日教えてください」
「仔犬、それよりレポートの提出がまだのようだが?」
キリリと形のいい眉が肩を寄せ合って、美しい尊顔に渓谷を作る。二年目もあっさりと流されてしまう。
「クルーウェル先生~!お誕生日のお祝いさせてください」
「俺がいい主人なのは確かだが、仔犬はもう少し周りを見ろ」
深くて長い溜息を吐き出して、肩を竦めた。三年目はようやく取り合ってもらえたけれど、言外にお呼びではないと言われた。
「先生ぇ……そろそろお誕生日教えてくださいよ」
「考えておくよ」
ぺたりと机の上に上半身を預けて形を保てていないわたしを横目に、ふっと空気を漏らして笑った先生は、すぐに手元の実験に戻ってしまう。四年間で一番色いい返事だったけれど、どうせ今年も教えてもらえないんだ。
わたしが好きになった人は、子供っぽい面や反抗的な面を持ち合わせているけれど、きちんと正しく大人で教師だ。そんな真摯なところが一層わたしを焦がす。
「仔犬、卒業おめでとう」
眦を細めて、形の良い唇で弧を描いた彼に悔しさが滲む。毎日のように先生に会える日々が終わってしまうのに、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。
「……ありがとうございます」
「検討していた俺の誕生日の件だが、4月20日だよ」
「次のお誕生日は絶対にお祝いしますから!」
くしゃりと、頭を撫でた赤い手袋の手。やさしく髪を梳いて離れていく。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
休日の今日、頼み込んで貴重な時間をあけてもらった。カフェのテラスで脚を組んで座っているだけでも絵画のような美しさがある。
「もう先生じゃないんだが?」
ニヒルに犬歯をのぞかせて笑った彼のシルバーの瞳が、きらきらと瞬く。
「デイヴィスさんお誕生日おめでとうございます」
「そうだな。誕生日プレゼントはお前の未来でどうだ?」