加齢が肌に表れるようになってくると、忌避するのがシワという肌に刻まれる渓谷。とくに乾燥が大敵で、年々スキンケアにかける時間が増えていく。
今日も念入りに化粧水を重ねて、美容液を染み込ませ、保湿クリームを塗りたくる。目元にはアイクリームも忘れない。スキンケアを怠った翌日は、心の中のヴィル先輩に説教をされるし、学生時代口酸っぱく先輩に指導された日々をありがたく感じる。あの日々のおかげでわたしの肌は比較的平穏が保たれているんだと思う。
そんなシワだけど、好きな人のものなら愛おしく感じるのが不思議なポイントだ。
スキンケアも終えて髪も乾かして、寝るだけの状態になった身体でベッドに潜り込む。薄手のデューヴェイを身体に纏わせて、スプリングに身を預ける。
高く積み上げたクッションを背もたれにして、隣で読書に没頭するトレイさんの横顔を見上げた。
サイドキャビネットの上のランプの光が彼の横顔を照らす。ぼんやりとしたオレンジ色の光は、凹凸を深く浮き上がらせる。目尻にたくさん刻まれたシワが眼鏡越しに見える。小さいシワも大きなシワもあって、彼の目尻にお行儀よく並んでいる。
「ん? どうした」
「別に?」
「ははは。それにしては熱い視線だったぞ?」
単純に見つめていただけのつもりだったのに、知らず知らずに視線に熱を込めてしまっていたらしい。だけど、大好きな人だから仕方がない。
笑ったことで、目尻のシワが深まる。目に捉えきれなかったものさえ、渓谷のように深く刻まれて、笑みの形をより明確に彩る。
「かっこいいなあって」
照れくさそうに目尻を垂らしたトレイさん。目尻のシワの角度が変わった。
「すきだなあって」
大好きな人がたくさん笑って過ごしてきた証である笑いジワ。ひとつひとつが彼の幸せだった時間を物語っていて、愛おしさが溢れてくる。
眦を細めて、わたしの頭を撫でるその表情は何度見ても胸がときめく。じわじわと愛されている実感がひろがっていくのだ。
「俺も、すきだよ」
とびっきり蕩けさせた目尻の渓谷は、深く美しい。
本をキャビネットに置いたトレイさんが再び髪を撫でる。何年経ってもやわらかい手つきで、丁寧に私に触れる。
「歯磨きしたか?」
「もちろん」
「じゃあ寝るか」
デューヴェイに潜り込んできたトレイさんの腕の中に、すり寄って瞼を閉じる。明日も明後日も、その先も、トレイさんが笑って過ごせますように。