BridgeOfStardust

監:幸福を育む

 デイヴィス・クルーウェルは目に見えてご機嫌な様子で、愛車を駅に向かって走らせていた。
 エンジンの低い振動と、カーラジオから流れる一昔前に流行ったメロディーがアンサンブルを奏でる。鼻から抜けるハミングはまさに彼の機嫌の良さを象徴していた。
 それもそのはずで、今日は久しぶりに輝石の国から賢者の島へと恋人が訪れる予定になっていた。恋人の元・監督生はNRCを卒業後にヴィル・シェーンハイトの父の紹介で就職したプロダクションで、目まぐるしく働いていた。輝かしい世界の舞台裏で駆け回る日々だが、忙しさに比例した充実感を得ていた。ただひとつ、恋人との逢瀬の時間が短いことを除いて。
 数か月前から決まっていたリフレッシュ休暇をクルーウェルに伝えたときは、迷惑がられたらどうしようかと不安に苛まれていたけれど、むしろクルーウェルは歓迎の姿勢をみせ、宿泊先として自身のフラットの提供と駅への送迎まで申し出たのだった。
 そして、その当日。クルーウェルは冒頭の様子通り、ご機嫌で愛車を滑らかに走らせていた。今日は一日頗る調子の良さで、雷が一度も落ちなかったことで、彼の仔犬たちは逆に震え上がっていたことを彼は知らない。
 駅前の舗装された大通りで信号待ちをした後、ゆっくりとした運転でロータリーへと進入する。エンジンの震えに合わせて、ギアを素早く入れ替えたクルーウェルは、あたりを見渡した。
 恋人の荷物のことと見つけやすさを考慮すれば、できる限り出入り口の近くに駐車したい。けれど、そううまくはいかずタクシーやら同じく送迎の車がびっしりと停車している。無理して狭いスペースに滑り込んだ結果、ボディに傷でもつけられたら堪らない。そう考えたクルーウェルは入口からすこし離れたゆとりのあるスペースに駐車した。
 クーラーのためにエンジンはかけたまま、しっかりとサイドブレーキを引いたことを二度確認して、車から降りてあたりを見渡した。手にしたモバイルには、恋人からの到着のメッセージが届いていたから。

「ユウ!」

 大きなスーツケースを転がして、あたりを見渡す恋人の姿を見つけて、自然とクルーウェルの口元は弧を描き、目尻はゆるむ。このときだけできる小さなシワをこさえて、恋人に向かって片手をあげた。その姿に通りすがりの女性が思わずうっとりとしたため息を零しても、彼の眼中に収まることはない。ただまっすぐに恋人の姿を瞳に焼き付けていた。

「デイヴィスさんっ」

 クルーウェルに気づいた恋人は、パタパタと駆け足で、けれど大きなスーツケースに邪魔をされながら忙しなく彼の元へと駆け寄った。スーツケースから恋人が手を離すよりも先に、クルーウェルの長い腕がが恋人を迎え入れる。この時期にはすこしばかり暑苦しい毛皮のコートに埋もれた恋人は、その拍子に香る一日の終りのコロンをたっぷりと肺へと送り込む。この瞬間が一番ほっとする。 

「おかえり、マイパピー」

 恋人の額に唇を寄せて、耳元へ吐息混じりのあまい声でささやく。
 彼女は擽ったそうに身を捩らせて、彼の猛攻にくすくすと空気を転がして笑った。

「一週間お邪魔します」
「もっと滞在してくれても構わないんだがな」

 無理だとわかっていても、そうやって意地悪という体で我儘を吐露する。本音が混じっていると知っている恋人は、小さく肩を竦めた。
 彼女は彼女なりにクルーウェルとの未来を真剣に考えている。けれど、彼に依存するだけの人生はあまりに物悲しいと思っての社会経験だった。だからもう少し、もう少しだけ、世界を知りたいと考えている。その彼女の気持ちも理解しているが故に、お互いこの言葉はお戯れとして片付けることができる。

「……それは、もう少し後で。ね?」
「ははは。オネダリ上手のしょうがないダーリンだな」

 クルーウェルが弱いと知っていて、わざとらしく上目遣いで首を傾げる。恋人の姿に身体を小刻みに震わせたクルーウェルは、唇を触れ合わせるだけのキスをして、頭を撫でる。ようやくハグから開放してやると、大きなスーツケースを引いて、助手席のドアを彼女のためにあけた。

「さあ、帰ろう」



卒業後の監督生は仔犬じゃなくてパピーとかスウィーティーとか愛称で呼ばれていてほしいな