ザアザアと無数の雨が地上へと降り注ぐ。城壁を叩きつける雨は、窓硝子を満遍なく濡らしていく。とめどなく雨粒が滴り落ちる姿は、酷く気が滅入る。
なんでかって。答えは明瞭。明白。騒々しい種族が城から出ずに、城内のあちらこちらで騒ぎ立てるから。うっとおしくて仕方がない。別に空気がじめっと肌にまとわりつくのは我慢できるけれど、こればかりは我慢ならない。特にグリフィンドールのポッターたちなんて最悪だ。
分厚い本を抱えて、どこかあの種族がいない場所はないかと城内を歩き回る。必然的に人気が無い、見覚えのない廊下を歩くことになるけれど、今はただ静寂が恋しかった。
「あ、」
「……」
ようやく見つけた空き教室、というよりはどちらかといえば用具室のようなこじんまりとした部屋。残念ながら先客が窓の縁で三角座りをして読書に耽っていた。
先客、ことスネイプはわたしに一瞥くれると、黙って本に視線を戻した。
「あーえっと、そこの椅子いいかしら?」
「……静かにするなら」
「もちろん」
彼であれば、静寂は担保される。寮の談話室でだって、存在感を消しているほどだから。時折、マルフォイなんかに絡まされてうんざりとした顔をしているけれど、それ以外は比較的無表情。どこか不気味ですらある。
薄っすらと積もったホコリを、杖の一振りで除去し、腰をかける。ようやく訪れた静寂に、肩の力を抜いて本の表紙をめくった。
どれほどの時間そうしていただろうか、気づけばすっかりと暗くなっていることに気付いた。ぼんやりと部屋に灯りを灯す蝋燭は、スネイプが魔法で用意したんだと思う。
こんなにも長い時間、本を捲る音と窓硝子を叩く雨音以外の音はなかった。あまり関わりがない人間とはいえ、沈黙がここまで心地いいとは。ゆらめく炎の影に照らされる、陰鬱な横顔を眺める。しっとりと重みのある黒髪は野暮ったく彼の顔を隠している。
目が悪くなりそうだと思いながら、時間を確認すべく腕時計を見て慌てて立ち上がる。予想以上の時間が経過していたことに驚き、ふためく。
「やだ、夕食の時間が終わっちゃう!」
静寂を破ったわたしに、眉間のシワを寄せたスネイプはため息を深々と吐き出した。
「それなら厨房に行けばいいだろ」
「厨房なんて、」
上流階級を気取るわけではないが、厨房なんて場所に足を踏み入れたことはない。そんなことしたなんてバレたら、両親に何を言われるかわからない。とはいえ、あと二十分ほどで大広間に辿り着いて夕食を終えるのは難しい。
「僕がもらってきてやる」
葛藤していれば、本を閉じたスネイプが立ち上がった。そんな親切をこの人にしてもらうような関係性ではない。学年も違うし、課外活動で一緒になったこともなく、彼が不遇の立場に追い詰められているのを助けたこともない、ただ同じスリザリン寮生というだけ。訝しんで今度はこちらが眉を寄せる番だ。
「代わりに、その本を読み終えたら貸してほしい」
「これ?」
「ホグワーツの書架じゃないだろう」
深い闇のような力のない瞳がわたしを捉える。なにかに渇望した瞳は、わたしを圧倒する。
「ええ、別に構わないけど……」
「ここに持ってくる。早く読み終えて貸してくれ」
「わかったわ」
わたしの返事を聞くより先に、部屋を出ていく彼の背中にかろうじて返事をする。けれど、思考を占めるのはあの瞳。深くて、底がしれない、渇望。あの瞳がチラついてしまい、大好きな読書ですらてにつかないことに、危機感を抱く。もしや、もしかしなくても、これは厄介な展開なのではなかろうか。