やけに視線が突き刺さる。気になって動かしていた手が自然と止まる。
視線の主には、心あたりがある。最近やけに懐いている後輩。親愛と受け取っていいのか、そういった男女の好意と受け取っていいのか、判断の難しい絶妙な距離感を保っている存在。勘違い女にはなりたくなくて、関係を測りかねている。
「えっと、どうしたの?」
「週末、なんか予定があるんスか?」
確信めいた問いかけをしてきたのは、隣の席に座る倉持洋一。新卒三年目にして、営業二課のホープ。一年前に一課から異動してきて以来、彼の受け持つ仕事のサポートをしている。
「特に無いけど」
「爪、かわいいし、髪短くなってたから。出掛けるのかなって思いました」
「え!よく気づいたね」
倉持の言うとおり、昨日は定時退勤をして美容院に行った。カラーのリタッチと、毛先を整える程度にカットして、トリートメントをしてもらう、定期的なメンテナンス。イメチェンを狙ったものではないので、本当に些細な変化で、自己満足の範囲。女性社員でも気付いた人はいなかった。ネイルは話題になって気になっていたネイルシールタイプのジェルネイルを、通販していたのが届いて浮かれてしたもの。普段はシンプルなヌーディーカラーのネイルをセルフでするだけだったので心が踊っていた。
一日指先を見るたびに嬉しくて、自分の気持が上向いていただけに、褒めてもらえたことに声まで弾んでしまった。
「ヒャハハ。そんだけ指先見てにこにこしてて気づかないってことはないッスよ」
無邪気な笑い声。わたしの今日の行動を指摘する声まで愉快な色に染まっていて、小さな羞恥心が芽生える。
「え、やだ。そんなに?」
「そんなに」
意地悪そうに表情を歪めた倉持に、からかわれているのだと気づく。そうだとしても、きっかけになる程度には浮かれて過ごしていたのは事実だった。それがなんだか恥ずかしくて、でもご機嫌なことで誰かに迷惑をかけたわけではないし、かわいいは正義だし、と自分を納得させる。
「せっかくなら金曜のみ行きません?」
コロコロと変わる表情で、倉持は人懐っこく笑う。彼のこれに弊社の人間は弱いのだ。男女問わず、この人懐っこさに絆されてしまうのだから、世渡り上手なのが窺える。営業先でもきっとこの笑顔と熱さを持った真面目さで人気者だから成績がいいのだ。
「もったいないっしょ。せっかく可愛くしたのに、予定入れないのは」
「まあ、一理ある」
「じゃあ、この前先輩が気になるって言ってたワインバルで」
「よく覚えてるなあ」
勘ぐりたくない。それでもつい勘ぐってしまうのは、わたしが潜在意識下で期待を抱いてるからなのか。それとも本能からの警告なのか。すでに視線をパソコンに戻した倉持をこっそり盗み見て、どうしたものかと思案する。