帰宅してきた堅治が、カレンダーの前で足を止める。みるみると眉根が寄っていくその姿に、首を傾げる。
「なに、どうしたの?」
「あー、いや……」
襟足を撫でつけながら、視線を彷徨わせるその姿は多々見覚えのある姿。何かを誤魔化したり、言い逃れをしようとしているときの仕草。堂々と嘘を付くときは、けろりとした顔をしてるのに、後ろめたさが勝ってしまうんだから、可愛いヤツだと思う。
「あのさ……今日って、」
「今日?」
明らかにわたしの機嫌を窺っている視線に、はてと首を捻る。ごくごく普通の平日。いつもどおりに仕事を終えて、夕食の仕込みをして、それからお風呂を済ませてから堅治の帰宅を待っていた。バレーの練習を終えた堅治が「疲れた~」と喚きながら帰宅して、洗面所で手洗いうがいを済ませてリビングに現れたのが今。
今日、なにかあっただろうか。
「悪ぃ。なんの記念日だっけ……」
「はい?」
恐る恐るといった様子の堅治だけど、なんのことやらさっぱり。付き合った記念日は数ヶ月前に過ぎているし、同棲記念日だって半年くらい後だし、お互いの誕生日でもない。今度はわたしの眉間にシワが寄る番だった。
「カレンダー。今日にハートマークついてんじゃん」
「……ああ!」
二月六日をたしかにハートのマークで囲ったのは、過去のわたしだった。でもなにかの記念日とかというわけではなく、ちょっとした出来心。
「にろの日だから」
「はあ?」
そのやかましさに肩を竦めてひるむほど大きな声を張り上げた堅治は、目を白黒とさせる。
「え、まじでそれだけ?」
「うん、そだけ」
「は~……まじで焦った……」
大きな両手で小さい顔を覆って、崩れていった堅治。フローリングの上でしゃがみ込む様子はガラが悪く見えるはずなのに、わたしの目にはとびっきり可愛く見えてしまうんだから、罪な男だと思う。
「え、ごめんね?」
「やだ。許さねえ」
べっ、と舌を出した堅治が急に立ち上がる。小さくなったり大きくなったり、忙しいやつだと想っていれば、ぐんと縮まっていた距離。
あっという間に腕の中に囲われて、ぬくもりに包まれる。
「今日俺の我儘聞けよな」
「しょうがないなあ」
本当にかわいいやつだと思う。かわいいから来年のカレンダーも同じようにハートマークを書いておこうと心に決めた。