はあ、と熱い吐息が反射的に溢れる。寒空の下、吐き出されたそれは白くモヤがかってから、空気の中へと溶けていく。
地元とは違って、夜空は霞んでいてて星はうんと少ない。それなのに、夜は暗くない。むしろ煌々とネオンやら街頭が暗闇を照らしている。
両手で抱えたコンビニで買ったカフェラテのカップは、徐々に外気と手の体温と融和して温かさを失っていく。それでもまだこのアパートの家主は帰ってこないらしい。
「遅すぎ……」
もう何度目かわからないスマホのホーム画面を確認する動作。家主からの折り返しの連絡すらもない。
仕事と練習を終えて、飛び乗った最終の新幹線。なんとか日付を超える前に辿り着いた遠恋中の彼女のアパート。絶賛閉め出しを食らっている。
閑散期なんてない繁忙期。ずっとずっと忙しいのは、もはや繁忙期とは言わないと言うのに、彼女は繁忙期だと主張して、自身がいわゆるブラック企業に務めていることを受け入れようとしない。
おかげで半年以上直接彼女に会えていなくて、ついに我慢の限界に到達した結果、アポ無しで突撃してきた。だって何度予定を合わせようとしても、忙しいしか言わないのだから。
「え、けーくん、」
「ほんっと、何時だと思ってんの」
幽霊でも見たように驚きに目を丸めた彼女の顔色は、疲労で染まっていた。僕の知らない、疲れ切った顔。いい意味ではなく、完全に悪い意味で疲弊しきって、くたくたの彼女に眉を顰めてしまう。
頑張ってきた彼女を叱りたいわけじゃない。責任感の強すぎる彼女を責めたいわけじゃない。
それでも僕の大好きな彼女がこんな姿になっているのは、憤りを隠せない。
「え、なんで、え?」
「ちゃんと新幹線に乗る前に連絡したから」
「うそ、」
「それより早く、」
一歩彼女に大きく歩み寄って、細い腕を引く。踏ん張りが効かない身体はあっさりと腕の中へと雪崩込んでくる。
「ねえ、大好きだよ」
普段は絶対に言わない。でも彼女のぬくもりと香りに押し出されて口から飛び出た。
僕の言葉を聞いた彼女も、彼女の潤んだ瞳に映り込んだ僕も、余裕のない表情をしていて、いっぱいいっぱい。足りないものを埋め合うように、抱きしめる。
「会いたかった」
そう零したのは、僕か、彼女か。