一度、たった一度でいいから勝ちたい相手がいた。その強大な存在を知ったときからずっと追いかけ続けて、挑み続けて、勝つことを目標として掲げて駆けてきた。
「俺が真のエースだって証明します!」
「ああ、頑張れ」
俺の宣戦布告に対して、精々頑張れなどといった煽りの意味は一切含まず、心の底から活躍を望んだエールを送ってくるような、人間としてもまっすぐできた人。それがまた悔しくもあり、一層奮起させられたわけだけど。
その背中を追いかけて飛び込んだVリーグ。無名で終わった高校時代から、どうにかそのステージに足を踏み込もうとさらに躍起になった大学バレー。その甲斐あって、目をかけてくれるチームが見つかって、再びその背中に挑み続けた。それなのに、たった数年であっさりと飛躍を遂げた目標は海外リーグへと拠点を移し、引退間際まで戻ってくることはなく、引退もずいぶんとあっさりとしたものだった。
結局ついぞ敵うことはなく、目標を失ってしまった。
「ツトム、頑張れ」
「この間のキレッキレのストレートかっこよかったよ」
「空中での読み合いさらにキレが増したよね!」
それでも折れることなく、バレーに向き合い続けられたのは、彼女の存在が大きかった。知らない間に牛島さんという目標よりもずっとずっと大きな存在となって、俺のバレーを守ってくれていた。
負けて捻くれてる日は黙って傍にいて、勝って浮かれている日は手放しに褒めてくれて、ミスして凹んでいる日は美味しいものを作ってご機嫌を取ってくれて、牛島さんの引退が決まって呆然とした日々は毎日抱きしめてくれた。
バレーボールが好きで、バレーボールが面白くて続けている。根底はバレーボールという競技に出会ってからなにひとつ変わってない。それでも、柱にしてきたものの喪失はどの試合や大会に敗北したときよりも、ぽっかりと心に穴をあけた。
真っ暗なそれに飲み込まれて、目的を見失ったバレーボールはすこしこわかった。小さい頃に迷子になった感覚にすごく近くて、淡々とこなすバレーはすこし寂しかった。
「ツトムのバレーを途絶えさせないでね」
チームの地域活動のひとつで小学校でバレー教室をした日、彼女が何気なく零した一言が穴に落っこちていく。俺のバレーボールを繋ぐ、それはすごく重要な使命に聞こえた。
むくむくと膨らんだあたらしい目標。穴をしっかりと埋めて、眼の前がパッと明るくなる。
バレーボールがまた一段楽しく感じられた。深みが増した。
「ツトム、今までお疲れさま」
現役最後の試合はベンチを温めて終わってしまったけれど、杭はない。達成感と新しい分岐点。
笑顔で我が家に迎え入れてくれた彼女を抱きしめたら、引退セレモニーでは出なかった涙が頬を濡らす。
「ここまで支えてくれてありがとう」
たくさんの人に支えられてここまできた俺のバレー人生。その中でも特に彼女がいたから腐らずにやってこれた。
「これからもよろしく」
「これからも傍でバレーを見せてね」