横顔に突き刺さる視線。真っ直ぐすぎてまったく誤魔化せていないけれど、そっと視線の主を盗み見れば、大慌てで逸らされる。もう少し自然にはできないのか。
「あれなに?」
「……わたしも聞きたいんだけど」
相手校の情報をまとめたバインダーを腕に抱えて、メモを書き加えていく。隣に並んで汗を拭いながらビデオカメラを覗き込んだ川西も相当気になるのだろう。遠くからわたしを見つめる工を顎で指した。
なにか不満でもあるのかと最初こそ心配したけれど、かれこれ一週間ほど続くその不可思議な行動にその考えは置いておくことにした。だって、試しに声をかけてみればびっくりすらい大きな声で返事をするし、みるみる林檎よろしく赤く染まっていく顔に、ちょっぴり潤んだ瞳で見つめられたものだから。まあ多少自惚れがあったとしても、わたしに対して不快な思いをしているとはなさそうだ。
「ふうん」
「なによ、その目」
「俺のことはわかんのになあ?」
その細くて長い身体を屈めて人の顔を覗き込んできた川西は、いつになく表情豊かに嫌な笑みを浮かべていた。絶対に碌でもないことしか企んでいない。
「川西さんっ!」
大きな声と大きな足音で、ぐんぐんと駆け寄ってきた工に目を丸める。けれど、川西は予想していたのかケラケラと軽い笑い声を零しただけ。
ほんと、男子の考えていることはわからない。
「お、きたきた」
「近いです!」
「でも工がどうこう言えるもんじゃないだろ」
川西に食って掛かる工に、それを微妙な表情の変化で揶揄う川西に、わたしはため息をこぼす。こういう男子どものおふざけに巻き込まれると大変なことになる。そっと気配を絶って移動するのが吉。体育館の隅に固まっている三年生たちに匿ってもらおうか。
「先輩!」
先ほど以上に大きな声がわたしをその場に縫い止める。キラキラと輝くまっすぐな瞳の縁はうっすらと赤くなっている。
「お前いま逃げようとしてたろ」
「だってぇ」
川西の言葉に言い訳を紡ごうとすれば、大型犬が間に割り込んで視界を埋めてしまった。ほぼ垂直に見下ろされるこちらの首のことを考えて欲しい。
「なに?」
「や、あの、その……なんていうか……」
あんなに熱心にこっちを向いていた視線が四方八方に逃げ戸惑う。これ以上追い詰めるのは酷なので、大人しく見上げて言葉の続きを待つ間、どんどん赤く染まっていく工の肌。
「つとむぅ~!シャキッとしろ~」
「わかってますから!川西さんは黙っててください!」
いい音を立てて川西が工の背中を叩く。また一段階伸び上がった工は、一層顔を紅潮させて吠える。
白布のもとへと歩いていく姿をふたりで見送って、結局川西が何をしたかったのか逡巡。
「先輩、よそ見しないでください」
頼りない声。力強い眼差し。
精一杯が真っ直ぐにわたしへ明け渡される。
「俺だけ見ててください」
「……じゃあ」
明確な決定的な。そんな言葉ではない。でも、言葉以上に姿勢で、視線で、伝えられる。こんな一心に見つめられて、全身で訴えられて、知らん顔できるような人間じゃない。
むしろ工の瞳がわたしを映すたびに、心臓が騒々しいくらいなのに。
「いっぱい活躍して視線独り占めしてよ」
「もちろんです!」
鼻息荒く得意げに胸を張った工に心がとける。ときめいて心がおどる。
だからちょっとだけわたしも勇気を出して、工の小指とわたしのそれをこっそり絡めてみた。