すごいスパイカーは空中姿勢中に、巨大な翼が見えることがある。大きく力強くて、穢のない真っ白な翼。一年しか追いかける時間がなかったけれど、心底憧れた翼は一度も折れることなく、空に羽ばたき続けた。どんなときもその翼が羽ばたけば、力強いスパイクが放たれていた。味方であれば心強いエーススパイカー。
託された翼は、俺に備わっていたのだろうか。
烏野が怒涛の追い上げて、ブレイクしてからのセットポイント。ゼエゼエと肺が痛いし、吹き出す汗は止まることを知らない。苦しい、楽しい、終われ、終わるな、落ちろ、落とすな、ボールが行ったり来たりするのにあわせて、相反する気持ちも行ったり来たりする。
「ツトムさん!」
道が開く。ネットから少し離れた高いトス。力強く踏み切って空へと舞い上がる。ブロックよりも刹那だけ長い滞空時間を制して、下がりだしたブロックの上を突き刺すようにボールを撃ち落とす。
強打に手のひらが熱く痺れる。
すっかり、決まったものだと思った。それなのに、何が起きたのか一瞬にして自陣のボールが戻ってきて、不意を嘲笑うようにコートへとボールが落ちる。
「……ッ!」
飛び起きた空間は薄暗く、目は暗闇で彷徨う。
「ゆ、め……」
最後の春高予選。負けた瞬間を未だに夢に見る。暗闇の中で瞼を閉じると、コートが脳裏いっぱいに広がる。まるで試合直後のように背中が汗でびっしょりと濡れている。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと息を吐き出す。暴れる心臓を宥めていく。
すっかり眠気はどこかに消えてしまった。耳をすませてみると、自分の荒れた呼吸とは別におだやかな寝息が鼓膜を刺激する。
「ナマエさん、」
平穏そのものの表情で深い眠りにつく、ナマエさんの横に潜り込む。腕の中に抱え込んでみれば小さく身動ぎする彼女。起こしてしまっただろうかと顔を覗き込んでみたけれど、相変わらずすやすやと心地よさそうに眠りの中。
冷えてしまった指先も心も彼女のぬくもりが伝播して、あたたまっていく。
吐き出したため息は、随分と落ち着いている。
良くも悪くも忘れられない鮮烈な日々。亡霊のようにつきまとう敗戦の記憶もあるけれど、そこから掬い上げてくれる存在がいるから。明日もまた平常心で試合に挑むことができる。
「明日も活躍するから」