好きだと言うと、意外、という言葉とともにきっかけを聞かれる。それが一番面倒くさい。好きになったきっかけなんていちいち覚えてるとも限らないし、聞いたところでなにかに影響を及ぼすわけでもない。それなのに他人はどうして人に詮索をいれるのが好きなんだろうか。
「蛍くん、ショートケーキすきなんだ」
「……ウン、まあ」
正直、またか、と脳裏を過る。彼女が悪いわけじゃないし、この場の空気を悪くしたいわけじゃない。それでもそんな言葉が瞬時に過る程度には、おなじみのパターンを繰り返してきた。
「わたしはねイチゴタルトがすき」
ご機嫌なのが明瞭な声色で目の前のいちごタルトを見つめる彼女。とろりと目尻を細めて、愛おしそうな視線の先で、食べられる瞬間を待ち構えているそれ。
「サクサクのクッキー生地がこんがりしててさ、喉越しのいいカスタードがたっぷりはいってて、つやつやにコーティングされた酸味のあるイチゴがぎっしり乗ってて。食べると甘さと酸味が絶妙なんだよね~」
「おいしいよね」
饒舌に語られるいちごタルトの素晴らしさ。その瞳の輝きをもう少しくらい僕に向けてくれてもいいのに、ずっとうっとりといちごタルトを見つめたまま。なんなら、フォークに指が伸びていく。
苦手なパターンの展開にならなくて、ちょっと嬉しかったりする。だから彼女にはバレないようにこっそりと口端をゆるめた。相変わらずいちごタルトに夢中な彼女は、僕の表情の変化には気づかない。
「でもショートケーキのふかふかのスポンジと、口当たりのいい生クリームとすっぱいイチゴの組み合わせもすき」
「きみはなんでもすきでしょ」
やっと顔を上げて破顔した彼女。真正面から一等級の笑顔を浴びていささか眩しさを感じた。
「まあね~」
得意げに笑った彼女は本当に嬉しそうだ。だからもっとその喜びを引き出したくなった。僕の手で。
「じゃあ半分こする?」
僕の前に置かれたショートケーキ。ふわりとあまい香りを漂わせて、コーヒーの香りとハーモニーを奏でているそれを指さした。
「蛍くんもすき~」
「ついでじゃん」
溶け落ちそうなほど目尻を細めた彼女は、ケーキよりもうんとあまったるい声で愛を囁いた。だからついでじゃないなんてことよくわかっている。ケーキよりもずっとずっと僕のことが好きなことが、僕の自惚れじゃないことも理解できる。
だけど、それを素直に伝える術は僕にはない。
「そんなことないよ!」
「はいはい。ほら、あーん」
三角の先端をフォークで切り分けて、彼女の口元に運ぶ。ゆっくりと開いた赤い空洞にぱくりと飲み込まれていった。
「おいし~い」
「よかったね」
これでこの笑顔は僕が作ったもの。