BridgeOfStardust

水面下の最推し頂上決戦

 ウキウキで出かけていった彼女を見送って、仕事に向かったのは十時間前。休日だというのに、平日の残務対応に追われ、うっかり編集社にいたせいで別の仕事も押し付けられる始末。それでも仕方がない、そういう仕事だと割り切っているから。
 ただ、今日は彼女の様子と、その向かった先の様子が気になって落ち着かない。
 ヘロヘロになりながらも、同棲中のマンションへと帰路の足をいつもより急ぐ。しれっと遅延する電車にすら小さな不満を抱き、チャージ不足で詰まる改札に苛立ち、タイミングよく変わる信号に珍しく舌打ちが零れ落ちた。

「ただいま」

 それでもどうにか自宅に辿り着いて玄関を開ければ、彼女の履いていったパンプスはすでにそこにある。もう帰宅している証拠で、少しだけ安堵した。

「おっかえり~」

 ご機嫌そのものの声色に、今日彼女が足を伸ばした先での結果が明朗だった。

「うわ、だいぶお疲れの顔だね」
「今日は特に疲れました」
「休日出勤だもん。ほんとお疲れ様」

 俺の顔色をみた途端に顔をしかめた彼女をやわらかく抱きしめる。俺よりも少しだけ低い体温が身体に伝わり、お風呂上がりのサボンの香りと彼女の匂いが混ざったものが鼻腔を擽る。
 やっと肩の力が抜けた気がする。ここが俺の帰って来る場所だから。

「京治、聞いて聞いて」

 腕の中で声を弾ませた彼女は、興奮が冷めやらぬ様子。
 帰宅した瞬間から気づいていたとはいえ、回避するのは難しそうだ。腕をほどいて彼女を解放すれば、ソファーへと誘導される。

「木兎くん今日も絶好調で最高だったー!」

 そうでしょうね。木兎さんはいつだってヒーローなんですから。
 そんなことを口走れば、彼女は拗ねてしまう。沈黙は金成。黙って頷いて、促したくないその先を促す。

「スパイクキレッキレでさ! 決まる度に木兎ビームしてて、見てるこっちまで元気になっちゃう!」

 喜々と声を弾ませて、キラキラと目を輝かせて、今日見に行ったMSBYの試合の様子を語る。
 出会うきっかけになったのもMSBYの試合で、大がつくほど木兎さんのファンである彼女は、生粋の木兎強火担。試合中も脇目もふらずに木兎さんだけを視線で追いかけて、些細な仕草も見逃さない。
 もちろんユニフォームもマフラータオルも観戦のお供のアクスタも木兎さんのもの。何ならユニフォームに至っては木兎さんのサイン入り。構えるカメラで切り撮られるのも木兎さんだけ。

「今日も大活躍のエースだったの~。二セット目中盤の長めのラリーに終止符を打つ、際際ストレートとかもう、ほんと、興奮した……」

 どれくらいの熱量を持って木兎さんを応援しているかは知っていて付き合い始めた。でも、少しだけ不安になるときもある。本当に俺でいいのか、と。 

「試合終わった後もね、ファンサもらっちゃった」
「よかったですね」

 この満面の笑みをかわいいと思うし、大切にしたいと思う。
 それでもこの笑顔を引き出しているのは俺じゃなくて木兎さんだし、俺に向けられているものじゃないと思うと、なんとも言えなくなる。

「京治? どうしたの?」
「ん? なにがですか」
「元気ない気がしたんだけど、気の所為?」

 俺の顔を覗き込んでくる彼女は、本気で心配の色を見せている。
 表情に出したつもりも、声に乗せたつもりもないのに、どうしてだろう。

「……なんでもない、って言いたいんですけど」
「無理してほしくないよ」

 呆れられたらどうしようか。逡巡して、でも彼女と向き合うことを選ぶ。逆の立場なら、誤魔化されてしまうほうが悲しいから。

「ちょっとやきもち妬きました」
「木兎くんに?」
「はい」

 ぺしょり、と明確に下がった眉毛。上目遣いで俺の様子を窺う、元気のない視線。
 気を悪くさせてしまっただろうか、と心配が膨らんだときだった。

「ごめんね。京治も観に行きたかったよね」

 斜め上の角度からの回答は、悲しいことに慣れている。けれど、すぐに飲み込めるわけではなくて、しょんぼりと凹んでいる彼女に、すぐさまリアクションすることができなかった。

「明日の試合は行けそう?」

 どうして俺の周りはこうも鈍い人が多いのだろうか。
 ストレートな表現でないと伝わらないとわかっていたはずなのに、編集者としてあるまじき、言葉を端折った会話をした結果がこれだ。

「……はあ」

 己の愚かさと、彼女の呑気さにこぼれたため息。

「無理?」

 それすらも正しくは伝わらない。
 彼女相手に弱気になったら負けだ。そう自分に言い聞かせて不安を押し潰す。

「行けますよ。明日は約束通り一緒に行きましょうね」
「京治と行くの楽しみにしてたから、今日は実は寂しかったんだ」
「……そういうとこありますよね」

 どうやったって手のひらで転がされている気がしてならない。にこにこと笑っている彼女に俺の心は振り回されっぱなしだけど、惚れた弱みというやつなんだろう。抱きついてきた彼女を受け止めて、考える。
 こうやっておだやかな表情をみせるのは俺の前だけなのだと。



赤葦くんってぼっくんにヤキモチ妬かんのかな??妬いて欲しいんだけど、どう?