BridgeOfStardust

北極星と旅人/復縁シリーズ6

 名は体を表す。その実、ずっと心に居座り続けてしこりになっている存在は、名前の通り生き方も性格も太陽そのもののような人だった。どこまでも真っ直ぐで、卑屈になることもなく、他人への嫉妬も受け入れてやる気に転換できる人。自分の欠点も飲み込んで、その上で我武者羅になって努力で補える人。いつだってにこにこと眩しい笑顔で、わたしの手を引いてくれる人。
 だけど、彼の眩しさにわたしは目が眩んでしまった。引け目を感じてしまった。太陽に近づきすぎたイカロスが翼を失ったように、彼の隣に居座りすぎたわたしは、その隣に座る自信を失ってしまった。

「かっこいい……」

 わたしの目には迷いなく日本を飛び出していったように見えた翔陽。その背中も翼も眩しくて、わたしは別れるという目を閉じる手段を選んだ。にもかかわらず、たっぷりの未練とともに今なお彼を想い続けている。そんなこと知っても、翔陽はちょっぴり困った顔をしつつもはにかんで「ありがとう」と残酷なやさしさを与えてくれるのだろう。
 客席から遠く離れたコートの上。たくさんの観衆と照明のもと、キラキラの笑顔でボールを追いかけ続ける横顔はあの頃のまま。むしろあの頃よりももっともっと、バレーボールが好きだと訴えているように見える。ブラジルにいる間のことはSNSでしか知ることができないほど情報がなかったけれど、帰国した今彼の人気は急上昇すること間違いない。随分と遠い人になってしまった。
 一挙一動、一瞬を見逃すことがないように、食い入るように翔陽の姿を視線で追いかける。

「やっぱり、すきだなあ……」

 餓えた獣のようにボールを求めて、少年のようにバレーボールを楽しむ。翔陽のまわりだけ綺羅びやかなエフェクトがかかって見える。眩しすぎる笑顔に目を細めたときだった。
 バチッと火花が散って重なった視線。強い眼光に射止められて、呼吸が止まる。
 数万人が収容されているこのアリーナで、しかも来ることは一切伝えていない状況で、見つかるはずがない。それなのに、視線が絡んだ錯覚に陥るほど強い眼差しに、心臓が暴れ狂う。拍動の痛みを抑えるようにして、胸に手を当てる。こんなに心臓が大きな音を立てるなんていつぶりか。
 それこそ、翔陽に別れを告げるとき以来な気がする……。
 白熱した試合を見届けて、忘れないように何度も瞼のフィルターを切った。試合が終わって、選手がぐるりとコートの外周を客席に手を振りながら回る中、やっぱり翔陽と視線が交わる気がして、瞬きが乱れる。
 あり得ない、とは思う。自意識過剰だとも。それでも万が一ということもある。長居は不要だ。大急ぎで荷物をまとめて、退場する人混みに紛れて、通路へと飛び出した。
 興奮冷めやらぬ観客の上ずった声を聞きながら、ひっそりと鼓動を諌める。深い呼吸を繰り返すことで、徐々に落ち着きを取り戻す心音。それとは裏腹に思考回路は興奮したまま。
 だから気付けなかったのか。
 角を曲がった途端、強い引力に引かれて足がもつれる。体制を立て直す余裕もないまま、通路脇へと引きずり込まれて驚きの声すら出ない。
 包まれた温もりに身体が硬直して息を呑む。

「ナマエだ」

 首元で籠って聞こえる声は、懐かしさを呼び起こす。視界の隅にチラつくオレンジ色はさっきまで視線で追っていたもの。身体の力が抜ける代わりに、心が強張る。

「……翔陽、なんで、」
「会いたかった。すっごくすっごく会いたかった」

 わたしの疑問には答えることなく、絞り出される頼りない声。一緒に抱きしめる腕の力が強くなるせいで、心臓まで締め付けられた気分だ。

「もう俺じゃダメ? ナマエがいたほうが、俺もっと頑張れる」
「まだ頑張るの?」

 前だけを向いて、上だけを見上げて、頑張り続けるから、翔陽の眩しさに自分の影の濃さを思い知ったというのに。

「だって、そのほうがナマエが見つけやすいだろ?」

 少しだけ力がゆるんで空いた隙間。そこを使って下から覗き込むみたいにして見つめてくる真っ直ぐな瞳に曇りはない。
 光を集めた茶色くてまあるい瞳は、磁力を持っていてわたしの心を吸い込んでしまう。

「今までみたいに、試合中もずっと俺だけ見ててよ」

 また腕の力が強まった。お別れをした日に、くしゃくしゃに顔を歪めながらも泣くのを我慢していた未成年の翔陽を思い出す。
 今にも泣き出しそうなのに、泣きじゃくるわたしを前に最後まで涙をこぼすことをしなかった。

「意外と強引だよね」
「そうです~。知らなかったのかよ」
「ううん。知ってた」

 唇をつん、と尖らせて戯けた翔陽。背伸びをして自分のそれを重ねてみたら、懐かしさと恋しさに鼻の奥がツンと痛む。

「翔陽、おかえり」
「うん。ただいま」



復縁シリーズ⑥です!