BridgeOfStardust

糸を紡ぐという行為/復縁シリーズ5

 未練がましいとはわかっているけれど、そう簡単に手放すことができない大きくなりすぎた愛。
 元カレの近況を得るべく、手慣れたリズムですいすいとスマホを操作する。冷めた目でタップとスワイプを繰り返して外国語を翻訳にかけて記事を隈なく読み漁る。

「ふうん……」

 時差なんて計算することもなく、新規メールを作成する。タイトルなんてつけないまま、「みたよ」と一言だけ入力した飾り気のないメール。恋心を奪われている相手に送るには色気がないけれど、徹にいまさら色気を使うのはなんか違う。だからそのまま送信ボタンをタップしてスマホにロックをかけた。
 高校で付き合っていて、校内ではそれなりの名物カップルと称されていたわたしと徹だったけれど、卒業式目前で徹にフラレてしまった。そんな気配を察してはいたから、縋り付いたりはしなかったけれど。だって徹がふたつのことを抱えていけるとは思えないし、あんな必死にバレーボールにしがみついている徹の邪魔は、彼を誰よりも好きでいて応援したいと思っているわたしにはできなかった。
 わたしはバレーボールへの愛に負けたのだ。でも一度も勝てた試しがなかったので、当然の結果だったと思う。二年弱の間、徹の彼女のポジションに収まれただけ幸福だったと捉えている。
 仕事を終えてスマホを確認したら「俺かっこいいでしょ!」という返信が入っていた。思わず目尻を細めて笑ってしまう。
 別れた彼女にかっこいいと褒めさせるな、と思う。でもまだわたしにかっこいいと思われたいのかと嬉しくなるのもまた事実。乙女心はいつの世だって複雑なんだ。それでいて本質は愛されたいというシンプルなもの。
 なんて返信をしようかと考えて、あいつの心を揺さぶることにした。かっこいいという意味も内包して、「うん、すき」とメッセージを送る。
 タイムラグはほとんどなく、今度は通話を知らせる通知に思わず声を出して笑ってしまう。緑のボタンをタップした。

『ほんとさあ! なんでそんな事言うの!』
「だってそう思ったから」

 耳元にスマホを添えているんだから、そんな大声出さなくても聞こえるというのに、徹の叫び声に近い大声が鼓膜で反響する。
 こうやって、徹の変わらない部分を噛み締めては、捨てきれない愛を育ててしまう。嫌いになるどころか、好きが増していってしまうのだから、困ったものだ。
 未練たらしくならないように、徹が気まずい思いをしないように、カラカラと笑い飛ばす。

『ねえ、まだ俺のこと好きなの?』
 それなのに、わたしの気遣いなんて無碍にする徹は、湿っぽい声を出す。

「すきだけど?」

 できるだけ、フランクを心がけて本音を曝け出す。それでも少しだけ揺さぶり過ぎたかと反省する。
 冷静に見えて、煽り耐性の低い男だ。それで何度かっこつかずに、情けない姿を目の当たりにしてきたか。思い出し笑いを零して、軽くなった気持ちで口を開く。

「未練がましくてごめんね」
『あのさ、アルゼンチン来ない? やっぱり隣にいてほしい』
 やっぱり思い通りには手のひらで転がってくれず、真剣な声色が鼓膜とともに脳を揺らす。十二年前に欲しかった言葉。

『調子がいいことを報告したいって思うのも、市場でオマケされて嬉しいのを共有したいのも、新品のスニーカーなのに躓いてつま先に傷ができたって愚痴りたいのも、全部ナマエなんだよね』
 おちゃらけることもなく穏やかに言葉を紡ぐ声に、胸が焼ける。足元からこみ上げてくる衝動と、心臓から溢れ出す拍動と、瞳からこぼれ落ちる感動。

「だいぶ大好きじゃん」
『そう、大好きなんだよ』
「しょうがない男だなあ」

 声が震えている気がする。ビデオ通話ではなかったことに安堵して、アイラインを洗い流そうとする涙をそっと拭った。
 国を超える。国籍を超える。その覚悟は簡単ではない。けれど、徹がいるならば、と思える。なにより、徹もやっとバレー以外のことを抱えるだけの余裕ができて、その隙間にいれるものとしてわたしとの未来を選んでくれたことに、応えたい。

『いまさらだけどさ、隣にいてくんない?』
「いいよ」



復縁シリーズは一旦一区切り。ということで、様々な別れの理由と時期を書けて楽しかった。まだストックあるのでいつの日か