ふわっと鼻腔を擽った香りは、深いウッディへと絡まるピリッとスパイシー。
満足気に頬がゆるんだ自覚がある。
香りの根源である若利は、隣で炭酸水を飲みながらテレビの画面に釘付けになっている。それもそのはずで、先週の試合を録画したものをわたしが眺めていたから。
「ここ、気持ちが良かった」
「ズバッて決まったもんね」
「ああ。手応えがよかったんだ」
静かな口調で少しだけわたしに寄って話す。若利からまた香水の匂いが漂ってきて、胸がときめく。
昨日まではチームメイトが選んだシトラスの香りを漂わせているか、サボンの制汗剤の香りを漂わせていた彼。フレグランスやファッションに頓着がない性格だから、ずっと同じ香りを纏い続けていた。
その香りたちが若利に似合っていなかったわけではない。好きになったときにはすでに纏っていた香りだったし、幾度もその香りに胸を焦がしてきたのも事実。
だけど、自分で上書きをしたかった。わたしの存在を密やかに物語ってくれるものがほしかった。
「随分機嫌がいいな」
画面から視線を剥がして、目尻を細めた若利はすこしだけわたしの顔を覗き込んでくる。水面鏡のようにどこまでも平坦で、わたしを探って丸裸にして映し出す瞳。
「そう? いい香りだなって思ったら」
「ああ。たしかに落ち着く香りだ」
若利はやわらかく瞬きをする。そこに混ざった彼の機嫌の良さが、わたしの機嫌も上向かせる。
誕生日でも記念日でもないけれど、たまたまショッピングで気になった香水に、これだと閃いた。アクセサリーの類は身につけることが難しいけれど、香りなら比較的纏いやすいだろう。しかもトワレならそこまで使い勝手としても悪くなさそうだったから。気づいたらラッピングしてもらっていた。
「使ってくれて嬉しい」
「そうか」
こだわりがないとはいえ、香りには好みもある。気に入ってくれる確信がなかっただけに、さっそく使ってくれたのは嬉しい。
満足気に頬がゆるんでもしょうがないのだ。だって嬉しいから。
「お前の香水は俺が選んでも?」
「え!?」
「ダメなのか?」
驚愕と衝撃に目を見開くわたしの視界に映る、頼りなく眉を寄せた若利の思考が読み切れない。何を思ってそんなことを言い出したのだろうか。
「いいけど……無理してない?」
「してない」
きっぱりと断言した声に嘘偽りはなさそうだ。それならまあ、とゆっくりと頷いたことをすぐさま後悔することになる。
「ただ、俺の選んだものを身にまとっているのは気分が良さそうだと」
思わず眉が寄ってしまった。わたしの思惑が露見したような彼の思考。
結局わたしたちは似た者同士なのかもしれない。仄かに隠し持った独占欲を恋人にそっと纏わせるような、そんな同じ穴の狢。