ハァ、と吐き出した息は熱を孕む。喉はカラカラに乾いて、胃が虚無を訴える。渇望で目の前が明滅しながら歪む。
「……ごめん、」
ふわりと鼻腔を掠めて、強烈な衝動を掻き立てる濃厚な香りに、めまいが酷くなる。吐き出した声は消え入りそうに小さいのは、なけなしの抵抗。
「うわ、真っ青だよ」
近づこうとする匂いの根源である彼女の前に、手のひらを突き出して静止を求める。
これ以上は我慢の限界値を超える。彼女に酷いことはしたくないと、理性が警鐘を鳴らす。その反面で、身体の内側の小さな拍動を研ぎ澄まされた聴覚が拾い上げて、渇望する。
「やばい、から、」
「いいよ」
俺が必死に抗っているというのに、全部包み込むようなやわらかくて軽やかな声でさらに近づいた彼女。匂いが一層濃くなって、「ハッ」と高熱の息が溢れた。
「ほんとごめん、」
ダメだと理性は訴えていたのに、ポキリと折れた。彼女の細い腕を力任せに引いて、抱きとめた身体に鼻を擦り寄せる。唾液が広がる食欲を誘う香りに、飢餓状態の思考はホワイトアウトする。
本能に任せて首筋に牙を突き立てる。ずっぷりと深くまで突き刺して、滴り出る真っ赤な血液を啜る。じゅるじゅると音を立てて、彼女の体の骨が軋むほど抱きしめて、濃厚で芳香な彼女の血を体内へ取り入れる。
「ぅン……っ、はあ……」
何度も喉を鳴らして、舌で傷口を嬲って唇で吸い上げる。耳につくあまったるい声に、背筋が震えた。彼女の指先が震えながら俺のシャツを掴む。
「あきく、ん……おいし?」
少しは飢えた状態から満たされて取り戻し始めた意識に、彼女の恍惚とした声が届く。飲み足りないけれど、口を離して彼女を見下ろした。
紅潮した頬に、血が滲む首筋。ぞわぞわとした痺れが腰から背中に駆け上がり、彼女の血の味がする自身の唇を舐める。
「っは、すっげーうまい」
加減を間違えれば絶命する吸血行為。
本来は、血液パックを口にして腹を満たさなくてはいけないのに、一度彼女の味を知ってしまったこの身体では、泥のように感じるそれ。なんとか飲み下そうとしたものの、身体はほとんど受け付けず吐き出す始末。結果飢餓状態の一番危ない状況下で吸血行為に及んでいるのだから目も当てられない。
でもそれだけ彼女は俺にとって極上だった。
「いいよ。あきくんなら全部あげる」
うっとりと目を蕩けさせた彼女。魅惑的な言葉に釣られて、ちう、と今度は唇を吸った。
「俺だけのだから」
「うん。あきくんだけのわたしだよ」