ずっと理想を目指し続ける向上心は、わたしには眩しすぎる。立ち止まることもなく努力し続ける実直さは、わたしには鋭すぎる。
いつの頃だっただろうか。可愛がっていた幼馴染のバレーへの直向きな興味が、わたしにとっては息苦しいと感じ出した頃は。それまでは、乞われれば試合の応援に駆けつけたし、練習する姿を見守っていたというのに。
「また観に来てくれなかった」
唇をへの字に歪めて、不満をありありと示す瞳でわたしを見つめる幼馴染こと五色工は、袖のゴムがすこし伸びた白鳥沢高校排球部のジャージ姿のままわたしの前に立ちそびえる。
そういえば、工の身長がぐんぐんと伸びて、わたしの目線から頭が飛び出ていった頃だった気がする。これといった特筆すべき取り柄のないわたしは、工のエースへの熱量とバレーへの愛情が息苦しいと感じている。
だからといって、工のことが嫌いになったわけではないし、相変わらず応援を乞う姿はかわいいと思う。実際応援には久しく行っていないけれど。
「勝ったの?」
「勝った」
「おめでとう」
牛島くんが高校を卒業し、エースの座を引き継いだ工は一層練習に励んでいたのを知っている。白布くんも引退して、必死にエースの座に食らいついていることも聞き及んでいる。名実ともに白鳥沢のエースに成長し、それでも尚努力を惜しまないことも。
「なんで観に来てくれないの」
その答えはきっと今の工には残酷だと思い、押し黙る。工のバレーが嫌いなんて言えない。
勉強以外のことは何をやらせてもわたしよりも上手にこなしてきた工。幼少期の習い事の英会話もピアノも、スイミングも。どれも優秀だった。勉強だってきっと工がその気になれば、わたしよりも理解が早いのだと思う。素直な性格もあいまって、人に好かれるところも含めて、わたしは工のことをヒーロー視していた。けれど、工がバレーにのめり込むほど、立ち憚る試練と敗戦。愚直とも言える工の努力が報われないことは、平々凡々なわたしの頑張りも報われないように思うようになっていた。
だから嫌いなのだ。工のバレーが。実直すぎるから。負けたときの言い訳がない。彼が挫折を覚えるたびに、わたしの居場所がなくなる気がした。
「俺のこと嫌い?」
「違うよ」
「じゃあなんで」
単純なくせに誤魔化されてはくれないらしい。真っ直ぐすぎる視線がわたしを捉えて離さない。
何度挫けても、何度壁にぶち当たっても、ボールを追いかけ宙に跳ぶ。折れることない翼を広げ続けるのが、眩しい。嫉妬なのかもしれない。バレーへの。
わたしの弱さを浮き彫りにする眩しさが疎ましく、わたしのヒーローを魅了するバレーが妬ましく、 バレーを最優先にする工が恨めしい。すべての感情が混ざり合って、わたしの中を汚く染めた結果が、今だ。
「逆にどうしてわたしが観に行くことにこだわるの?」
バレーに興味があるわけでも、工のバレーを支えてきたわけでもない。就活の気配に怯える大学生と、高校生ではコミュニティだって全然違う。それでも工はずっとわたしを試合を観に来るように願い続ける。
「……それは、観ててほしいから……ナマエちゃんに、」
真摯に向けられてると思っていた視線が、突然あちこちに動き回る。もじもじとした工は言葉を探しながら、ぽつりぽつりと心を曝け出す。
「ナマエちゃんが、いてくれるだけで、俺、もっと高く跳べる気がする、から……」
上擦った声でわたしの心を射止める。刺さったものが身体にじんわりと溶け込む感覚と、広がった先で痺れる感覚が共存する。手のひらが汗ばむ。
「ねえ、工。それって意味、理解して言ってる?」
「してる」
「好きなの?」
音を立てて顔を真っ赤にした工。言葉よりも、ずっと真実を物語っていた。
「そっか」
そうか。工はわたしのことが好きなのか。もう何年も応じていない願いを続けるほどに。己の力以上のものを発揮するために、わたしへ縋るほどに。そうか。なんだかそれは、気分がとってもいい。
バレーに勝てるわけではないけれど、バレーに並ぶ愛情がわたしには向けられているのかもしれない。
「次の試合は観に行こうかな」
「ほんとに!?」
パッと弾ける表情。瞳だけに留まらず、身体中を期待に輝かせる姿は眩しいけれど、心地よくもあった。工の眩しさを心地いいと思えるのは、久方振りだ。
「バレー好きになれるかな」
「いい。好きじゃなくても。俺だけ観てて」
わたしに手を伸ばした工に従って、指先を絡める。大きくてしっかりとした手がわたしの手を包む。真っ直ぐに向けられた瞳はあたかかくて、居心地がよかった。
「うん、みてる」
バレーじゃなくて工を見守ることなら得意だ。今までもこれからもきっとそれだけは変わらない。