いくつかの好奇の視線を受けながらも、そんなものを気にはしていられない。別に悪巧みをしているわけじゃないし、迷惑をかけているわけじゃないから。気づいていないフリをして、今日も二年六組の教室へと通い詰める。
毎週火曜は移動教室の兼ね合いで、彼女のほうが三年生のフロアを歩いていくので、タイミングを見計らって廊下に出る。水曜は昼休みの終わり際に中庭の端にいれば、体育の授業へと向かう彼女が通りかかる。木曜日は放課後に図書室へと足を運べば、図書委員の仕事に励むという体で読書に没頭する彼女がいる。残りの月曜と金曜だけ、どうにか日に一度会おうと彼女の教室へと向かうのが習慣になりつつあった。
「今日は髪結ってるんだな」
「あ、木葉先輩」
教室の入口から顔を覗かせれば、自席に座って本を読んでいる彼女をみつけた。ハーフアップに結い上げているのが珍しく、感想が挨拶よりも先に口から飛び出る。
名前を呼んだわけでもないのに、本から顔を上げた彼女はすぐに俺に視線を向ける。視線が絡んだ瞬間、笑顔が弾けたように見えるのは目の錯覚でないといいのだけれど。
「似合ってるな」
「ほんとですか」
「うん。ほんと」
素直に褒めると、頬を染めて視線を反らしてしまった彼女がかわいい。慈しむ感情がぽこぽこと溢れてくるのをやり過ごすこともなく、視線に混ぜて彼女へと向ける。俺の方を見ようとしない彼女には伝わらないけれど。まあいい、ということにしておこう。
「今日は赤葦くんですか?」
「違いまーす。今日もミョウジさんに会いに来たんだけど?」
即座に否定して、彼女が教室を見渡そうとするのを阻止する。俺のことを見られないのは、俺からのアピールが効いているからだと思えば許せる。ただ、俺から意識を背けるのは話が違う。ずっと俺のことを意識していてほしい。
「またそんなこと言って」
怒っているのか、照れているのか、それとも喜びを隠しているのか。顔をくちゃくちゃに歪めて、つん、と唇を上向かせた彼女にゆるい笑みが溢れる。愛らしい姿を前に、本当は手を伸ばして頭を撫でたいけれど、さすがにそこまで距離を詰めて嫌われたくはない。
「揶揄ってるわけじゃねーよ?」
「……もっとたちが悪いと思います」
「そ?」
赤く顔を染めている意味について、俺の都合がいいように解釈してしまいそうになる。だって、好きな子が俺を意識しているって期待したいもんだろ。
「なあ、俺ら結構喋ってるだろ?」
「そうですね」
数歩歩いて教室に入り、怯えさせないようにゆっくりと近づいて彼女の机の前にしゃがみ込む。机の上で両腕を組んで、その上から彼女を覗き込めんだ。これで俯くことで視線から逃れることはできなくなった。
「そろそろメアド教えてもらえる?」
「……だめです、って言ったらどうするんですか?」
難しい顔をして、俺のことを見下ろす。戸惑いに揺れる瞳は、それでも真っ直ぐに俺を見つめる。俺の真意を探るようなそれに、今彼女の頭の中は、他の誰かのことでも大好きな本のことでもなく、俺が占めているのだろう。
「とりあえず理由を聞くし、教えてもらえるまで毎日会いに来るかな」
「じゃあ、だめです」
「うわ、意地悪じゃん」
わざとらしく拗ねてみせる。甘えた声を出して、唇を尖らせて、眉を垂らして。そうして重くなりすぎないようにおちゃらけて、それでいて精一杯の懇願を込めて彼女を見つめ続ける。
「だって、毎日会いに来てくれるんですよね?」
細い声が告げた言葉の意味を理解した途端、じりじりと体温があがるのを感じる。彼女を見上げていた顔を腕にうずめて、真っ赤になっているはずのそこを隠す。
「……反則だろ」