点々と設置された街頭。特有のぼやけた光で、夜道を照らす。日中に比べると幾分か涼しくなった生ぬるい風が、湿度をまとって吹き抜ける。
ふたりぶんの足音がかすかに響く。特に言葉を躱すわけでもなく、淡々と歩いていく。けれどこの空間はとても居心地がいい。数分前まで賑やかな体育館で、手のかかる部員たちに囲まれていたからか、落ち着いた空気をまとって気を緩められる若利くんの隣は、力が抜ける。
「まだ暑いね」
「そうだな」
のんびりとした足取りのわたしを咎めることをしないのは、彼の優しさからか、単に時間に気づいていないのか。それとも、彼自身もこの時間をトクベツに思ってくれているのか。
通常の部活が終わったのは、十九時を回った頃。それから部員の自主練と片付けに付き合っていたら、時刻は二十一時が目前となっていた。いつものことではあるので、気にせずに着替えてから、親へと帰路につく旨をメールして、女子更衣室を出た。そこに若利くんが待っていたのだ。
「送ろう」
端的にそう言った若利くんの声は平坦で、特別な温度はもっていない。でもわたしの心は勝手に期待が膨らむ。
「門限過ぎちゃうし、大丈夫だよ」
「帰りはロードワークがてら走るから大丈夫だ」
「えっと、」
寮の門限は二十一時半。わたしの家まで歩いて二十分。かなり門限ぎりぎりになってしまうというのに、全然気にした素振りを見せない。若年くんの性格からして、門限を破るようなことは考えられないし、きっと間に合う確信があって言っているんだとは思うけれど。
でもギリギリになってまで送ってくれるその理由はなんだろう。期待がまた膨らんだ。
「ほら。行くぞ」
「じゃあお願いします」
気持ちの浮き下がりなんて微塵も感じられない、平温な声色。ぽつぽつと交わす会話だって、当たり障りのない世間話。
ずっと凪が続いている。若利くんにとってバレーボールという存在もそうなのだろう。激情で行うものではなく、淡々と粛々に。日々コツコツと積み上げたものの頂きでプレーを続ける。勝敗に左右されることなく、ただずっとその先も続いていく。
なんだかこの時間もその延長線にあるような気がして、くすり、と気持ちが溢れた。
「ん? どうかしたか?」
「んーん。楽しいなって思っただけ」
「そうか」
変わらない平坦な声で相槌をうっただけの若利くんの目尻がほころぶ。そのやわらかさは、初めて目にしたもので。なんというか、こう、堪らない気持ちが胸を焦がす。胃のあたりがきゅう、と締め付けられて、じんわりと体温があがっていく。
「俺も楽しい、と思っている」
どうして、そんな顔をするの。どうして、そんなことを言うの。ねえ、期待してもいいですか。貴方の人生に小さく花を咲かせる役割を担ってもいいですか。
じりじりと上昇を続ける体温に、ぱたぱたと両手で風を送る。
「それにしても、暑いね」
「夏だからな」
「スポドリでも買おっか」
数メートル先で煌々とした明かりを放っている自販機を指差す。その眩しさに何匹もの灯蛾が引き寄せられて、自販機の頭上を飛んでいる。
「一本は飲みきれないし、はんぶんこしよ」
「ああ。構わない」
お財布から取り出した小銭をふたりでいれ合う。言い出しっぺだから多めにいれようと、慌てて小銭をかき集めたのに結局若利くんのほうが三十円多く入れていた。
その子供じみた行動をお互い笑い合って、青いラベルで有名なスポーツドリンクのボタンを押した。ガコン、と大きな音を立ててよく冷えたそれを吐き出した自販機から、ペットボトルを取り出すと早くもじんわりと水滴をまといはじめる。
「先どうぞ」
「いや、残りをもらう」
「そっか、帰り走るんだもんね」
体温の上がった身体に染み渡る程よい塩味と甘味。部活中は延々とこの味を作っていると思うと、わたしにとっての青春の味はスポーツドリンクなのかもしれない。
「はい、どうぞ」
「……ああ」
内容量が三分の一減ったペットボトルはもうすっかり汗をかいている。歩みを再開させながら、ペットボトルを受け渡せば、若利くんはじっとペットボトルのキャップをみつめていた。
どうしたのかと、尋ねようと口を開いて刹那。ぼん、と顔から火の手が上がる。
もしかして、これは間接キスにあたるのではないだろうか、と。気づきを得てしまったが最後、若利くんのほうを見られない。だって、だって。一切彼が気にする素振りを見せずにいてくれたら、呑気なわたしの頭は気づかなかったのに、なんで、そんな。真剣な眼差しで、珍しく温度を持った視線でペットボトルを見つめているの。
冷たい飲料ですこしは冷えたはずの身体はあっという間に灼熱に逆戻りした。