BridgeOfStardust

いざ、真剣勝負

 空調と換気扇の音が遠くで存在を主張する。一踏ん張りを終えた金曜の夜を満喫する社会人の声が賑やかに響く。タレと肉の焼ける空腹を誘う匂いが充満する店内。
 長机の隅に向かい合って座る堅治は真剣な眼差しだ。わたしたちの間には、メニュー表とまだ火を入れていないロースターが鎮座している。
 ひとつ深呼吸、拳を突き出した。

「 「最初はグー!じゃんけん!」 」

 大きな手は握り締められていて、ネイルがツヤツヤの手は大きく開かれていた。

「やった~!」
「待て待て!三回勝負だろ」

 両手を挙げて喜びを爆発させれば、堅治が必死な声で割り込む。喜びに水を刺されてムッとしたわたしは、堅治を睨みつける。

「え、なんでよ」
「普通そうだろ」
「どんな普通よ」
「ほら、二戦目行くぞ!最初はグー!」

 再び拳を突き出して振りかざした堅治。咄嗟に握りこぶしを突き出してしまえば、長い指を広げた状態で、堅治はニンマリと口角を釣り上げる。

「よし!これで一対一な」
「まって、これは三セット制なの?それとも三回勝てばいいの?」
「三セットで」
「じゃあ次で決まりだからね」

 せっかく最初に勝利を収めたのに、堅治の強引な手口にまんまと乗せられてしまった。でも乗らなければ、不戦敗扱いを受けていた可能性も高いことを考えれば、次で勝てばいいだけ。これ以上姑息な手を使われないように、ルールの再確認をしてラストマッチに挑む。

「最初はグー、じゃんけん!」

 開いたわたしの手のひらは、ピースサインを向けた堅治の前に、あっけなく敗北した。

「っしゃあ!」

 まるでバレーの試合でセットを取ったかのような堅治の本気の喜びように、顔を顰める。表情を輝かせている堅治はかわいいと思うけれど、それはそれ。わたし勝ってたのに、という悔しさが拭いきれない。

「すんませーん、生ひとつ!」

 嬉々とした表情で店員にオーダーを入れた堅治は容赦ない。

「……ウーロン茶で」

 敗者は飲酒の権利を得られず、帰宅の運転のために苦い思いでソフトドリンクをオーダーした。事情を知らない店員さんは、景気よく注文を復唱していく。

「あとカルビとハラミを三人前とタン塩、ホルモン二人前とナムルとキムチと白米ふたつで、片方大盛りで」

 ぽんぽんとオーダーを入れていく様を黙って見守っていたけれど、最後の一言に目を丸める。注文を取り終えて、ロースターに火を入れて下がった店員さんを見送ったあと、鼻歌でも歌い出しそうな堅治を見つめる。

「え、飲むのにご飯食べるの?」

 わたしは飲んだらご飯はいらないタイプだ。アルコールだけで胃が膨れるし、どうしても液体とご飯の組み合わせがしっくりこない。それなら先にご飯を食べ終えたあとに、しっぽりと飲酒したい。

「焼き肉は米食いてえだろ」
「太らないのが憎い……」

 さも当然。わたしのほうがおかしいみたいな顔をしている堅治は、現役のスポーツ選手ということもあり、いくら食べても太らないことを知っている。一応栄養バランスは気にしているらしいけど、摂取カロリーを気にしている素振りなんてみたことはない。こっちは食べたら食べた分だけ脂肪がつくというのに。解せぬ。
 まだメニュー表を眺めている堅治の前に、キンキンに冷えたジョッキに黄金色に輝く液体が注がれて運び込まれる。堅治の瞳の輝きが増した。無邪気なきらめきと、自然とゆるんでいる口元に、なんだかもうかわいさが勝ってきてしまった。
 どうせもう飲めないことが確定したなら、堅治のかわいさを存分に味わったほうが得だろう。

「じゃ、おつかれ~」
「今週もお疲れ様」

 ジョッキとグラスを軽くぶつけて乾杯をする。
 逸る気持ちから、ジョッキを口元に運ぶのが待ち切れないらしく、少し前かがみに口でお迎えにいってしまう姿に小さく笑う。ごくごくと、テレビのCMも顔負けの飲みっぷりで喉仏を上下させる。

「くぁ~!うめ~!」

 白い泡をすこしだけ上唇に残し、感嘆する。ぺろりと覗きでた薄い舌が泡を舐め取っていくのには、少し飲酒の羨ましさを抱く。

「はいはい。よかったですねー」

 先行して運ばれてきたタンを網の上に並べて、頬杖をつく。当然自分の分も焼いてもらえていると思っているのだろう、堅治はトングを持つことはなくキムチに箸を伸ばした。
 こういうところだ。面倒見がいいかと思えば、当たり前の顔をして甘える。その匙加減を無意識でやっていて、憎めないバランスをとってくるのがこの男のずるいところ。そして頭でその事実を理解しているのに、絆されているわたしもわたしだ。
 パチパチと脂が弾ける音を聞きながら、再びおいしそうにジョッキに口をつけた堅治を眺めることにした。



マブと通話中に推しと焼き肉行きて~~~って流れから、お互い自分の推しで書きました笑