BridgeOfStardust

落下は止まらない

※不意打ち落下の続きです


 風が通り抜けると、木々を揺らし、肌の表面の熱をさらって、髪先を弄ぶ。枝が揺れることで、芝の上に伸びた影も同じく揺れて動く。騒々しい昼休みに中庭に出てくる生徒は多い。それでも、腰をおろしているベンチがあるこの空間だけは長閑だと思える。

「先輩、ずっと気になってたんですけど」
「んー?」

 お弁当を食べ終えた先輩は、満腹感からくる睡魔に抗っているようだった。化粧でキレイな弧を描いたまつ毛を震えさせながら、ゆっくりと重たい瞬きを繰り返している。

「なんで、アピールしなかったんですか」
「急にどうしたの」

 俺としては別に急な話ではない。付き合うことになったときからずっと疑問に思っていたけれど、機会がなかっただけ。付き合っていけば自然と答えが得られることを期待していたけれど、その期待は大きく外れた。
 それどころか、クラスメイトたちが話している男女交際に比べてかなり淡白な関係だと思うし、多くを求めない先輩に、あの日の告白はまやかしだったのではないかと疑うほど。自分らしくもないとは思うけれど、先輩には俺の心の一部を支配した責任を取ってもらわなくてはいけないので、意を決して尋ねたに過ぎない。
 それらを口にするのは少し気が重い。とりあえず無言で、先輩をじっと見つめてみれば、彼女は一度肩を竦めた。

「んー、付き合おうことが目的じゃなかったしなあ」
「はあ……?」

 彼女の口からでてきたのは随分と間延びした気のない声だった。
 打ち明けるように想いを告げて、満足したと言わんばかりに身を翻したあの日。以来、俺は彼女に思考も視線も奪われているというのに、不公平だと思う。付き合うようになったのだって、俺が動かなければなかっただろうし、付き合うようになって週に三回一緒に昼飯を食べるようにしたのも俺、部活が休みの火曜に約束を取り付けたのも俺。まるで俺ばかりが好きみたいだった。こんなに感情が大きくなるなんて思ってもみなくて、戸惑いが大きい。

「それに頑張る賢二郎くんの邪魔にはなりたくなかったし」

 眉尻を下げた彼女はゆっくりと空を見上げた。校舎と植木に囲まれて狭くて深い空をじっと見つめる横顔は、どこか憂いを帯びていて思わず手を伸ばしそうになる。触れて、彼女が隣りにいると実感したい。

「バレーに集中したい、って断ってたの知ってたから」
「そうですか」

 事実。稀にあった告白はすべてなんの迷いもなく断っていた。下手な理由をつけると面倒なことになるのは目に見えているので、無難に「バレーに集中したいから」と。そうすれば、食い下がることなく諦めてくれる人が大半だったから。
 なんなら彼女が想いを告げた日だって、そうやって断ろうと思っていた。それなのに、気づけばこんなことになっている。

「わたしね、賢二郎くんがバレーしてるの見たのが好きになったきっかけだから。君のバレーは大事にしたいの」

 いつの間に、観られていたのだろう。俺がまだ彼女のことを名前すらしらなかった頃のことだと思う。今思うと、酷く惜しいことをしたように思えるから不思議なものだ。
 けれど、俺が彼女を個として認識して以降は、知る限り練習試合にすらきていない気がする。それはなんだか狡くないか。本当に俺がバレーしているところが好きなのか、疑いたくないのに疑心がじわりと広がってしまう。

「それなら、観に来ればいいだろ」
「試合?」
「練習だって見学できる」

 不貞腐れた声が出てしまった気がする。じっくりと瞬きした彼女の目には驚きの色が滲んでいるように見える。

「邪魔じゃない?」

 緊張とは少し異なるかすかに震えた声に、眉が寄る。俺の様子を窺う視線は、意図的か無意識か、上目遣いになっていて、ぐっと喉が鳴る。

「邪魔なんて一言も言ってないだろ」
「そっか……、いいんだ」

 肩の力を抜いて、ふにゃりと頬と目尻をゆるめた彼女の表情のやわらかさは、あの日に俺の心を奪い去ったそれに酷似している。ふくふくと笑って、ご機嫌なオーラを纏っている姿が、こんなにも可愛く思い、胸を締め付けるなんて。鼓動がわずかに加速する。

「今日来ますよね」
「うん!」



リクエストより