空調がほどよく効いた店内。小さなざわめきと、空間を作り上げるBGMがアンサンブルを奏でる。ほんのり香る芳ばしさに鼻腔を刺激されながら、窓に面して設置されたカウンター席からぼんやりと外を眺める。まばらに人が通り過ぎていく。下校時刻ということもあって、制服姿が散見された。
一昨日から販売を開始した期間限定のドリンク目当てに訪れた、コーヒーショップ。久方ぶりのオフを自堕落に過ごしてしまうのは惜しいけれど、ガス抜きも必要なわけで。キャラメルの風味とバナナのあまさが広がるフラッペを啜る。
「うん、……うん。もう、大丈夫だってば。ちゃんとやってるよ」
耳心地のいい声が鼓膜をゆらす。テレビ以外で最近あまり聞くことがなかった訛の少ない言葉。高くもなく、低くもなく、角のない声はゆっくりと耳に馴染んで頭に溶けていく。
いいな、と思う。ずっとその声に耳を傾けていても苦痛にならない、素朴だけど耳に残る声。
近づいてきた声の主が隣の空席に座る気配に、頬杖をつくふりをして横目で盗み見る。ちょうどこちら側の耳にケータイを当てているせいで、表情はわからないけれど、稲荷崎と比較的近い高校の制服だった。俄然興味がそそられる。
「じゃあ、またね」
通話を終えたことでようやく横顔が覗く。クラスの女子とは違って、薄い化粧しかしていないのがその声の印象とあっている。横から見ていても芯の強い眼差しが、ケータイの画面をみつめてやわらかさを見せる。ケータイのストラップはバレーボールのマスコット。
ころん、と何かが転がり落ちる音がちいさく反響する。
「ねえ、あんたバレー部なの?」
「ぁ、稲荷崎バレー部の……」
気づけば声をかけていた。ビューラーで持ち上がったまつ毛を羽ばたかせ、目を大きく見開いた彼女はどうやら俺を知っているらしい。