ざわめきで満ちている昼休みの廊下。図書館に向けて足早に歩みを進める。
階段の踊り場に差し掛かったところで、人が飛び出してくる気配に、反射的に立ち止まった。その甲斐虚しく、正面からの衝撃に一歩だけ後退した。
「ご、ごめんなさ、い」
ぶつかってきたのは女生徒で、抱きとめるような形になってしまった。彼女は控えめに謝罪を告げたけれど、頑なに顔をあげることはない。
その不躾な態度に眉間を寄せて見下ろした瞬間すべてを理解した。泣いていたから。
「……っ」
俯いて垂れる前髪でも隠しきれていない水面が波立つ瞳。無数の雨粒がまつ毛と頬を濡らしていた。
その光景に気まずさとも、罪悪感とも違う、感覚が身体に走る。思わず息を呑んで見つめてしまう。マナー違反だとはわかっていても、つい彼女を食い入るように見つめ、この感覚を分類しようと試みた。
けれど、彼女は俺の腕から逃げ出す。するりと、俺を躱すと再び廊下を駆け出してしまった。
後ろ姿を呆然と見送り、名残惜しさを抱く。もう少し見ていたかった。人の泣き顔を見ていたいなんて、悪趣味だと思うけれど、胸が高鳴ったのだ。高揚感にも近い、電撃にも近い、筆舌に尽くし難いそれ。
「あ、そうか」
これはおそらく、恋だ。それも一目惚れ。生まれた感情を理解した途端、頬が紅潮しはじめた気がして片手で顔を覆う。ひとまず追いかけてるか……。