BridgeOfStardust

不意打ち落下

 風が細くいくつも通り抜ける体育館裏。喧騒は遠く、昼休みが始まったばかりの時間では体育館へ自主練に訪れる部員もまだいない。
 緊張した面持ちでうっすらと頬を染めた女生徒と俺。正直面倒だと思ったけれど、彼女は牛島さんのクラスメートであり、会話をしている姿を何度か見たことがあるから、無碍に断れなかっただけ。

「白布くん、貴重な昼休みにごめんなさい」

 上ずった声で、両手を腹部の前で握りしめられた手は力を入れずぎて白くなっている彼女。それでいて、俺の目を真っ直ぐ見つめる視線はとても力強い。一度、はくり、と唇が動いたけれど何の音もなく口を閉ざす。
 早くしてほしい。

「あの、バレーを頑張っている白布くんのことが、」

 ひりひりとした緊張が伝わってくる。試合とは全く異なるこの緊張感はあまり好きではない。息が詰まりそうになるし、正直億劫だ。顔と名前程度しか知らない人間に、告白されてもなにも嬉しいと思わないし、都度断ったときにわかっていたクセに傷ついた顔をされるのも、まるで俺が加害者みたいで気分が悪い。

「好きです」

 ああ。どうしようか。
 彼女の想いを硬い声が空間へと吐き出した。目に見えないそれを与えられても、心はなびかない。

「急にごめんなさい。聞いてくれてありがとう」

 ありきたりに続く「付き合ってください」の言葉はなく、憑き物が取れたようなひどくやわらかな声で礼を告げて微笑んだ彼女に呆気にとられる。その間に踵を返して校舎へと戻っていくその後姿は凛としていて、たった今告白をした女生徒のようには到底見えない。

「は?」

 彼女の前で一言も発することなく時間が過ぎ去った。身構えていただけに拍子抜けして、なんだか振り回されたようで勝手に苛立ちが発芽しそうだ。
 それでもまあ、面倒事が一個減ったと思えば気が楽か、と思い直し太一の待つ食堂へと急いだ。昼飯を食いっぱぐれるわけにはいかない。  何事もなかったように、月日は流れていくと思った。部活に自主トレに勉強。やるべきことは山積みで、時間なんていくらあっても足りない。考えるべきこと積み上がっていて、重要な記憶以外は押し流されていくと。
 それなのに、喉に刺さった魚の小骨による違和感のような、気にしすぎるには細末で気にしないには目立つ蟠りが、あの告白された日以来残り続ける。
 用事があって三年生のクラスの前を通るとき、牛島さんのクラスが移動教室や体育のとき。気づけば彼女の姿を探している俺の目。その都度彼女は楽しそうに学生生活を過ごしているのが、ムカついてならない。男子生徒とは少し距離があるものの、それでも隔たるほどではなく、にこやかな表情で会話するのを見るたびに、蟠りは存在を主張する。
 あの告白は罰ゲームだったんじゃないだろうか。それくらい何事もなく過ごしている彼女だけれど、その考えを否定できるのは、彼女を探せば自然と視線が交わるから。彼女もまた俺の姿を視線で探している。視線が絡んだ瞬間とろける瞳はたしかに特別な感情が孕んでいる。

「すみません。ちょっと先輩借ります」
「白布、くん?」

 三年生の誰か。真面目で当たり障りのない雰囲気の男子生徒と親しげに話していた彼女を引き剥がして歩く。俺の手のひらで簡単につかめてしまう手首を引いて、屋上へと向かう階段を登っていく。その間何回か、彼女の戸惑いを含んだ声が俺の名前を呼ぶ。

「俺のこと好きなんじゃないんですか」

 屋上に続く施錠された扉の前で、ようやく彼女を振り返る。手首は掴んだまま困惑でゆれる瞳を見下ろす。

「っ……、好きだよ、」

 きゅう、と寄った眉。あのときとは違って少しだけ苦しげに吐き出された言葉は、ほとんど消え入る寸前の吐息も同然。あのとき「ありがとう」と言ったときの声でないことが不服で、一歩詰め寄る。

「それなら、どうして付き合いたいとか言わないんですか」

 自分で発した声なのに、予想外の声色に戸惑う。聞く人が聞けば拗ねているようにも聞こえる、低い音。

「だって、白布くんわたしのこと興味なかったでしょ? 君がそんな相手と付き合うと思ってないから」
「興味、ありますよ。あんたのせいで」
「……というと、」

 言う通り興味なんてなかった。それなのに、気づけば彼女ばかりになっている。視界も思考も、感情だって支配されている。
 それなのに、当の本人は理解が及んでいないらしい。好きとこぼしたときとは違うニュアンスで眉根を寄せて、俺を見つめる。色素が深い鏡面のような瞳に俺だけが映り込む。

「先輩に、興味あります」
「えっと、まって、理解が追いつかない」
「理解しなくていいで。それより責任、取ってください」

 ゆれる瞳を覗き込もうと、腰をおる。顔の距離が近づけば、あっという間に朱色に染まった彼女。その事実に、随分と気分がいいことに気づく。

「好きみたいです。付き合ってください」

 これ以上ないくらい真っ赤になって、羞恥心で瞳が潤んだ彼女に、口の端が釣り上がる。ゆっくり腕を引き寄せれば、抵抗なく腕の中に収まった。



白布賢二郎はヒロインに振り回されていてほしい