BridgeOfStardust

ただそばにいて

 勝利。そこに辿りつくには無数の要素が必要である。基礎を磨く練習、試合感を掴む練習、人の技術を盗む観戦、日々の心身のケア、競技の最新の戦術、それからここぞというときに現れる運を掴む力。挙げだせばキリがない。勝利とはそれらの要素をより高く積み上げたものが手にする。
 けれど、それらの要素は選手本人が努力することで積み上げるものが大半。マネージャーと呼ばれるポジションのわたしたちにできることといえば、その環境をよりよくすること。あとはそう、それから対戦相手の分析。
 選手たちに負けじと戦術を頭に叩き込み、対戦相手の情報を調べ上げ、それらをもとに相手を分析し、対策と戦術の提案をする。勝利をぐっと引き寄せるには必要なこと、それは偵察。 「ナマエが帰ってこない……」
「あいつどこ行ったわけ? 買い出し?」

 チラチラと時計を気にする滑津。本来その隣に並んでいることが多い、ナマエの姿が見えないことには気づいていた。次々に流れる汗を首にかけたタオルで拭いながら、可能性が高いひとつを挙げてみる。けれど、よくよく考えれば、日々チームの勝利のためと意気込んでいるナマエが、日曜の午後からの練習に被せて長時間かかる買い出しに行くとは思えない。

「青葉城西と白鳥沢の練習試合の偵察」
「はあ!? ひとりでかよ!? だめだろ!」

 よりによって、なんでその組み合わせなのか。いや、その組み合わせだからこそ偵察の価値を見出したんだろうが、厄介な男がいることを忘れないで欲しい。

「だよねえ。わたしも止めたんだけど……」

 滑津が止めたところで止まるような奴ではないことは、重々理解している。うん、とバレー馬鹿で、チーム愛の強いナマエが、猪突猛進したら伊達工の鉄壁を持ってしても抑止することはできないのは、何度も実証済みだ。そんなことはわかっているけれど、男避けもせず行かせることと、最低限男避けして把握している上で行かせることは雲泥の差がある。それが鬱陶しくて俺を含めた部員には何も言わずに向かったことまで手に取るようにわかるけれど。

「俺、迎えいくわ」
「そうだね。そのほうがいいかも」

 そうと決まれば、汗を拭いてジャージに着替えるべく部室へと足を向ける。できるだけ足早に、でも焦ってるダセーところを後ろ姿と言えど見られたくなくて、呆れてるだけですよ、って顔を貼り付けて歩く。
 部室についた途端、ドタバタと支度をする。乱雑に汗を拭って、ナマエとキャップを交換したデオドラントウォーターを塗りたくり、練習着を脱ぎ捨ててジャージに着替える。スマホと念の為財布をポケットに突っ込めば準備万端。ランニング時にマネージャーが使う自転車でも借りていくのが、一番すれ違いのリスクが低いだろう。

「滑津~、チャリ鍵貸せ」
「はいはい」

 体育館の扉から顔を覗かせる。ズボンのポケットを漁った滑津は、俺に向かって鍵を放り投げる。きれいな放物線を描いたそれを難なくキャッチして、なんだかよくわからないゆるキャラのついたキーホルダーに指を通す。

「サンキュ。じゃあちょっくらい行ってくる」
「あれ? 堅治、どこか行くの?」
「は?」

 耳によく馴染む声に振り返れば、真後ろに小首を傾げたナマエの姿。部活のジャージではなく、猫科の肉食動物のロゴで有名なスポーツブランドのジャージを着ているのは、他校であることをバラなさいため。いつもはおろしている髪だってポニーテールにしていて、その毛束が風に弄ばれていた。

「おま! おせえんだよ!」
「え~、だって及川さんに捕まったと思ったら、矢巾くんにも捕まっちゃったんだもん」
「だからいつも言ってんだろうが!」

 自分は悪くないと主張するナマエは唇を尖らせて不満を訴える。けれど、それは俺が予期していた最悪の事態のままで、一気に血液が沸騰する。なんで彼女のいつもと違うかわいい姿を、他の男、しかも及川に見られなくてはいけない。どうせうまくあしらうことができずに、へらへらと笑顔を振りまいたに違いない。そう思えば腹の中がぐらぐらと沸き立つ。

「ごめんごめん。でもちゃ~んと情報は盗んできたから安心して」
「は~……」

 そんな俺の気も知らず、ピースサインつきではにかんだナマエに毒気も足の力も抜けて、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

「まじ普通に心配した」

 こらえきれずに溢れた本音。騒々しい体育館から漏れる音や、グラウンドから聞こえる野球部の声にかき消されそうな小さな声だった。それでも音を拾ってくれたナマエは目を丸めていた。

「もうなんにもしなくていいから俺のとこいてくんね?」
「堅治……」

 だから腕をナマエの手に伸ばして、ちっせー手を握る。包みこんで引き寄せれば、一歩俺に近づく。
 神妙な顔をしたナマエは反対の手で俺の頭をなでた。毛先が遊んで肌に触れた箇所がくすぐったくて、もう少し引き寄せようかと腕に力を入れようとした。

「ごめん、それは無理」
「そーだよ! お前はそういう女だよな!」

 ズバッと。バサッと。盛大に斬りつけてきたナマエ。ここは嘘でも甘えてくるところだろうが、と内心で大量の文句を告げるけれど、これでこそナマエらしいと思っているのもまた事実。一緒にバレー馬鹿ができる。熱く延々とバレーを語れる。俺がバレーをすることを家族以上に尊重してくれる。そんなところが好ましいとは思うけれど、今の場面では求めていなかった。

「でもそんなわたしが好きでしょ?」

 うっそりと、涙袋を持ち上げて、きれいな弓なりを唇で描いたナマエ。ふくふくと笑う音が愛おしくて、顔に熱がこもる。

「うっせー!」



エイさんのイラストでSSを書かせて頂きました