BridgeOfStardust

わたしの前に舞い降りた天使

 あの日、生涯忘れられない光景をみた。今もまだ夢に見るほど強烈で、鮮烈で、感悦。  国内に帰ってきた報告として受け取ったメッセージぶりに届いたのは、『バレー、見に来て』と随分簡素だった。けれど、彼のそんなところが嫌いじゃない。いつだって等身大の言葉を剥き身で差し出してくれる。裏表の読み合いも、幾重にも包む気遣いもいらない。肩肘張らずに言葉のラリーができるのは歳を重ねるごとに貴重だと噛みしめる。
 なんて返信をしようか逡巡しながら、雪崩のように過去を思い出すのは、今朝見た夢の影響か。
 大きなアリーナなのに埋まる客席。キュ、キュ、と床を踏みしめるシューズのソールの音や、軽快だったり豪快だったり、テンポも音量も様々なボールが跳ねる音。そのたびに客席から湧き上がる歓声や歎声。無数の音が木霊する体育館で、同級生が空へと羽ばたいた。どの選手よりも小さな体で、どの選手よりも大きな翼で空中を制する。その姿は、網膜に焼き付いて胸を焦がした。

「はよ!」
「おはよう。観に行ったよ」

 春高が終わった次の登校日、太陽と見間違う笑顔で挨拶をしてきた日向くんが、眩しくて目を細める。負けてしまった、その悔しさを、あの日初めてバレーを観たわたしが口にしていいのかわからなくて、ただ事実のみを伝える。

「ねえ。バレー、おもしろかった?」

 バレーというより、日向くんを観ているのが面白かった。いや、それ以上。焦がれた。瞬き一つするのが惜しくて、一瞬一瞬を見逃したくなくて、食い入るように日向くんだけを目で追った。緊迫感に胸が苦しくて、高揚感に心が踊って、期待に視線を奪われた。人生で初めての経験だったと思う。それをどう伝えるか悩みながら、日向くんに視線を向ける。
 キラキラと期待に表情を煌めかせる彼は、負けた悔しさはすでに飲み込んでいるようだ。次に向けて、前を上を見続けるその強さは、バレーボーラーにしては小柄なこの身体のどこに潜んでいるのだろうかと不思議に思う。

「……うん、おもしろかった」
「ほんとに! やった!」

 考えた結果、削り落とした端的な言葉しか紡げなくても、小さなガッツポーズを見せて飛び跳ねる日向くんは元気そのもの。体育館中の視線も関心もすべてを集めた中での、トラブル。ただの発熱だったとメールでは教えてもらっていたけれど、もうすっかり元気なようで安心する。

「また、見に来てくれる?」
「予定があえば行くね」
「約束だからな!」

 日向くんとの約束は彼が日本を発つまで続いて、わたしはいくつかの試合を観に行った。その都度、日向くんのプレーに心を焦がした。
 わたしにとって日向くんは、努力は実るとか、頑張りは報われるとか、夢は叶うとか、そういった言葉を体現する存在。希望の化身とも言える。あれは恋というよりも信仰にも近い、なにかとても強くて神聖な感情だったように記憶してる。  結局、メッセージには『いいよ』と簡素な言葉で返した。数日後に送られてきたチケットを手に熱気に包まれた会場に訪れたとき、ようやくとんでもないチケットをもらってしまったことに気づいた。
 その予感は的中し、とんでもない試合を魅た。日向くんのバレーにしか興味がなかったわたしでも、興奮してしまう試合内容。それに、わたしはあの日以上の光景を目にして、思わず涙した。わたしの天使は健在で、誰よりも美しく空を跳んでいた。記憶の中の日向くんよりもずっと力強く、どんな遠くまでも飛べる可能性を曝け出した姿に、強く胸を打たれる。
 社会の摩擦で摩耗する精神に、力を与えて傷を癒やしてくれる彼の姿に、心が歓喜する。

「日向くんはすごいね」
「ありがとう! 俺もっと頑張るよ。だからさ、」

 試合の興奮が冷めやらぬまま、スタッフさんの案内のもと日向くんと対面する。わたしだけじゃなくて、日向くんも高揚した様子に頬がゆるむ。

「また見に来てくれる?」

 全部見透かして暴いてしまう視線までも健在で、思わずたじろぐ。多角的な意味でおっきくなった日向くんは、高校一年の冬と変わらない言葉を放つ。そこに込められた意味もあのときと変わらぬままだろうか。
 わたしは、少しだけ異なる気配が自分の中に芽生えたと感じている。期待、といえば聞こえがいいけれど、ずっとずっと日向くんのバレーに向けていた想いの矛先は、わずかに日向くん自身に向いている。もう信仰しているなんて高尚なことは言えない気がする。

「……うん、いいよ」

 だから迷ったけれど、他に答えは見つからなかった。

「約束! 絶対だからな」
「うん、約束だね」

 この約束はどこまで変わらないまま続くのだろうか。わたしが日向くんへの信仰心を、恋心に変化させてしまったら途切れてしまうだろうか。
 わたしの天使を手放さないように、この想いが大きく変化することがありませんように。ごくり、と決意とともに秘密を飲み込んだ。

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" 俺達の太陽!!!!圧倒的光!!!