BridgeOfStardust

わたしの彼氏は脳筋

 全力疾走。パタパタと運動神経のなさが表れた足音を響かせながら、廊下を走る。走る。とにかく逃げたくて走る。
 それなのに無情にもどんどんと迫りくる軽やかな足音。わたしとの距離があっという間に縮まっていくのを聴覚で感じ取りながら、走って逃げ切ることを諦めて籠城を決めた。
 目の前の空き教室に飛び込んで、直ぐ様引き戸をぴしゃりと閉める。そこで鍵をかけてしまえば、逃げ場はないもののひとまずは危機から脱することができるはずだったのだ。それなのに、扉が閉まり切るその直前に足先がねじこまれる。足に阻まれたせいで戸をしめることができなくて、その足を蹴飛ばして追いやってみるけれどぴくりともしない。

「もう逃げれねえぞ」
「無理無理」
「無理じゃねえ、諦めろ」

 ぐりぐりとねじ込むようにして進軍してくる足。必死にドアを閉めようとしているのを嘲笑うように、追いかけてきていた男・二口が扉に手をかけて力をかければ、あっさりと負ける。非情にも軽い音を立てて引き戸が空いてしまって、咄嗟に数歩後退した。
 少しだけ頭を屈めて教室に入ってきた二口。サッカーのパスのように片足の踵で、その長い脚を器用に使って扉を締めて後手に鍵をかけた。施錠の音に脳内は緊急アラートが鳴り響く。

「なんで逃げんだよ」
「だって、いや、恥ずかしいから逃げるでしょ」
「いや、見られたのは俺だろうが」

 ニンマリと三日月がみっつできあがった。そんな二口のいうとおり、着替えているところに鉢合わせて上裸を見られた被害者は二口なんだけれど、頭にあの光景がこびりついて恥ずかしくてしょうがない。薄く割れた腹筋。鍛えられて盛り上がった胸筋。背中をバランスよく覆う広背筋。口喧嘩ばかりのクラスメートだったはずなのに、急に男を意識させられてしまって、思考はショートしてしまった。せっかく工業高校に通っているのに、そのショートを直すことはできないらしい。
 ニヤニヤと近づいてくる二口から必死に後退を続けているけれど、わたしの二歩分を、彼は一歩で詰めてしまう。じりじりと迫りくるでかい壁の圧迫感といったら。普通に怖いし、恥ずかしい。

「で? 少しは俺のこと意識してくれたってことでいいわけ?」
「ひゃ、」

 わたしを追い詰めるのに邪魔だった椅子を長い脚で追いやった二口は、そっとわたしの腕を掴んだ。振りほどけないほどの強さではないけれど、わたしの手首を簡単に覆ってしまう大きな手を意識したら、身動きが取れない。拘束力は抜群だ。

「情けねえ顔」

 悪い顔をした二口を見続けることができなくて、視線を足元に落とせばそのまま腕を引き寄せられてあの鍛えられた身体に抱きしめられていた。もう思考回路どころか、生命維持機能がショートした。



脳筋というか効率厨という
人のために書きました