一陣の風がすべてを洗い流すようにして吹き抜ける。むわりと立ち込めた湿度。耳鳴りのように鼓膜に残り続けている歓声。
「終わったな」
「そうだな」
ほんとうに感情も記憶も全てを洗いざらい押し流してくれたら、どんなに楽になれるか。一瞬そんな馬鹿げた思考が過ったけれど、実際にその楽を得たいとも思わない。逆にこの悔しさも苦しさもすべて飲みこんでやろうと思うから、不思議なもんだ。それだけすべてを費やした。無にしてしまうにはあまりに無情だと思う。
「野球、やりてえな」
「やってきただろ。さっきまで」
「そうだな」
はあ、と吐いた息がいつになく熱を持っているのは、昂りが冷めきっていないから。最後に振ったバットの振動がまだ手のひらに残っている気がする。身体だって疲労に満ちていて、ベーランすることだって億劫な状態だ。それほどに野球の残り香を纏っている状態だというのに、隣に並んで遠くを見つめている御幸もそれは変わらないはずだ。それでももう野球がやりたいという。
つくづく骨の髄まで野球馬鹿だ。
呆れを抱えながら横顔を盗み見る。どこか随分と遠くを見つめている目があまりにも真っ直ぐで、迷いがなく、去年垣間見た迷子のような視線はもうどこにもない。
「でもさ、野球してえよ」
「俺は先に寝てえわ」
ぐうっと身体を天に向かって伸ばす。濃紺が空の端に滲んで、夜の気配が忍び寄ってくる。
「倉持と野球がしたい」
空気に溶ける切望。溶けてしまうほど小さい声だったのに、しっかりと耳に届く。それは御幸の声だから自然と聴覚が拾うのか、意志の強さを感じ取ったのか。どちらかは判断がつかないけれど、俺の迷いをあっさりと塗りつぶしていく。
「……まあ、そのうちできるだろ」
「ってことは、辞めないってことだよな?」
無意識に俺の迷いに気づいていたのかもしれない。野球に関してだけは繊細なやつだから。ここではないどこか遠くを見つめていたヘーゼルブラウンの瞳が、俺を捉える。
純真さと、それに伴う危うさが混ざりあった視線。それがどこまで穢れずにこの先を歩んでいくのか、もう少し見守っているのも悪くはない。そう思う頭の片隅では、爺になってもこのままなんだろうと、確信を持っていた。
「辞めねえよ。こんなおもしれーもん」
「そっか」
「ホテル戻んぞ」